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今回取材にご協力頂いた中西さん
◆京都最初のバス路線MAP
今回お話をお伺いしましたのは「京都府バス協
会」の中西さんです。そうして調べていただい
た結果、確実な路線の資料というのは残ってい
ませんでしたが発着点、途中停車場がわかりま
した!
そこで路線図の仮説を左図の様に立ててみまし
た!それでは現在の停車場付近の画像を見なが
ら歴史を振り返ってみましょう!!
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◆バス事業の始め
日本でのバス事業の初めは、明治36年(1903)
といわれる。1月、広島市で貸席業を営む瀬川某
が同市横川町と安佐郡可部町の間(14.5km)
を、乗合馬車のボディにアメリカ製のエンジンを
つけた12人乗りの車を走らせた。タイヤが間に
合わず、馬車用のものを使ったので故障続出、
さらに馬車屋の執拗な 妨害に手を焼き、9月に
は営業継続を断念せざるを得なかったという。
大阪市でも同年3月に天王寺公園で開かれた内国
勧業博覧会で、アメリカから輸入の蒸気自動車2
両 が梅田駅から千日前まで運行した。これは会期
中だけのアトラクションであった。
◆二井商会
京都のバスは明治36年9月から、堀川中立売を
起点にして七条駅と祇園の間で二井商会によって
開業した。二井とは「井」を姓とする二人の人物
福井九兵衛と坪井清兵衛による商会であるという
事である。
その中でも福井九兵衛は中心人物であり、当時こ
のような抱負を述べている。
「自分はかねてから何らかの事業を起らんと志あ
り。その理想は一時投機的・利己主義な物でな
く幾らか社会に貢献する、人の未だせざる高尚
にして文明なる事業を望む随分欲の浅き注文な
り!」
◆バス創業開始
日本に数輛しかない自動車の内2両を手に入れ
た福井は、この2人乗り自動車を6人乗りに改
造し、ついに9月20日開業という事になるの
である。
当日は自動車の物珍しさと各新聞社の広告のお
かげで非常に盛況であった様です。福井の手記
によると「乗客に応ずる事ができがたく有難迷
惑なり」だったそうです。
ここで少しこのバスについて説明しましょう!
<路線>
・三条線:堀川中立売→室町二条→室町五条→
七条停車場
営業時刻 7:00〜15:00
・川東線:堀川中立売→堺町丸太町→寺町三条→
祇園石段下
営業時刻 15:00〜24:00
しかしなにしろ不格好な車両であったらしく、
今のトラックと田舎にある乗合馬車をあわせた
ようなもので非常に背が高く、乗っていると丁
度2階が見える程の高さであったらしい。そし
て屋根もないので雨天のときは休業であったら
しい。
◆二井商会のバスは
どうしてなくなってしまったの?
しかし初日開通式の後二井商会を驚かしたのは
このお祭り騒ぎの雑踏ではなく、交通規則未発
令のため当分営業休止の通告を受けた事であっ
た。
なんとか切り抜け、試運転という形で営業を続
けるも色んな問題が降り掛かってくる。人力車
夫による反抗が激化してきたのである。特に七
条停車場の車夫は不穏の悪言を放ったりひど
かったそうだ。事務所にはご身用に短銃を備え
付けていたらしい。
そして一月末にはついに経理の破たんを来たし
廃業に至るのである。一区間5銭の運賃であっ
たが揮発油とタイヤの破損など見込んで一区5
銭では採算があわなかったのである。手記にも
「万事休す百計なく千策尽く」とあります。
そして手形始め数千円の債務があり、金策がつ
かぬまま二井商会は1月31日を持って営業休
止の届け出をなし、従業員を解雇し企業を閉鎖
する事になったのである。
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